“TOLE PAINT” (トールペイント)というのは、フランス語で“ペイントをしたブリキ”という意味。
今では木製品、布、ガラス、ブリキといった身の回りにあるさまざまな素材に描いて楽しめるトールペイントですが、トールペイントの起こりはブリキに描くことから始まったのです。
アメリカでのトールペイントの起源
アメリカにおけるトールペイントはニューイングランド地方が起源です。これまで一般的にトールペイントは、ペンシルバニアから始まったと考えられてきましたが、コネチカットで生まれたのです。
1730年、ウィリアムとエドガー・パティソンという二人のアイルランド人のブリキ職人がコネチカットのベルリンという町に入植しました。 10年後、二人はイギリスからブリキ製品の輸入を始め、料理用の器具として使い始めます。
当初これらのブリキ製品には何の装飾も施されていませんでしたが, 18世紀末になると彼らはいわゆる“漆塗り”を始めます(ここでいう塗りとは、エナメルペイントを使って装飾をしたものをいいます)。
ペイント装飾を施した生活用品が人気に
やがて、ハイラム・マイガットという馬車のペンキ屋が、ベルリンの町に店をオープンし、ブリキ製品のペイントを始めました。
やがて他にもブリキ製品を扱う店が、ファーミントンを始め、次々とコネチカットの他の町にオープンしていきます。 1785年には、ボストンの町でポール・リプレが“塗りを施したティーセットとトレイ”の広告を出しています。
18世紀には、様々なペイントデザインが広まる
18世紀に入ると、チッペンデールや、美しい花のデザインのレース付きトレイ、ゴールドリーフで装飾したもの、フリーハンドの銅のペイントなどが広まってきました。 これらのパターンは、イギリスのものを模倣していますが、オリジナルのものよりフォークアート的要素が入ってきています。
ペンシルバニア ティンとトールペイント
やがて地方のブリキ職人たちは、シンプルなペイント製品に目を向けはじめます。
19世紀初頭、ペンシルバニアでは、膨大な量のブリキ製品が生産され“ペンシルバニア ティン”として知られるようになりました。そして、ペンシルバニア周辺のドイツ系入植者のコミュニティでも同じものが作られるようになります。
これらの多くのものは、店で販売されたり、紅茶やコーヒーのパッケージと共に景品として出されたりしましたが、一般には荷馬車に積んで行商に出されていたのです。
ブリキ業者がトールペイントを広める立役者にも
初めのころブリキ行商人は、大きなブリキ製品のトランクに軽いものを詰めて、背負って歩いていたものでした。やがて馬の背に荷物をのせ、ついには馬に荷車を引かせて行商するようになったのです。中にはブリキと農場で採れた品物を交換する行商人もいました。
村にこんなブリキ行商人がやってくると、広場に人々が集まって大騒ぎになったものです。女も男も仕事を投げ出し、行商人を取り囲みました。 彼らは色とりどりのブリキ製品を持っているだけでなく、色々な面白おかしい話を持ってきてくれる人でもあったのです。
風土で異なるペイントスタイル
この時代のペイントを施したブリキ製品は、どれも非常に似通っていますが、ペンシルバニアのものとニューイングランドのものでは明らかに違いがみられます。
ペンシルバニア ティンは、ニューイングランドのものより大胆な色使いをしており、繊細な色合いとシェードの入れ方が少なくなっています。コネチカットのものは、細部にわたって工夫をしていて、手の込んだデザインになっています。
今も昔もストロークが基本
見習い職人たちは、筆で様々なストロークを描く技術を学んできました。主に、フルーツやお花、葉っぱなどにストロークを描きました。
また、ペンシルバニアティンには、沢山の鳥やハートが描かれています。お花の中には、陶器に描かれたアダムのバラに似ているものも。フルーツでは、プラム、トマト、ざくろの実が一般的です。
一般にペイントは鉛の黒い下地に描かれ、色はフリーハンドで描くか、決まったパターン上に描くかで、その時に応じて選んだものです。黒の下地はアスファルトで塗られ、バーニッシュ(ニス)と混ぜた茶系統の黒い物質を使って濃厚で滑らかな表面に仕上げていきました。特に焼いたあと耐久性のある丈夫なものに仕上げることが出来たのです。
ペインティングには色々な筆のストロークがみられますが、特にC ストロークやS ストロークは今日のデコラティブ ペインティングの大切な基礎となっています。
今日のトールペイント、未来のトールペイント
今日のトール&デコラティブ ペインティングは、材料、形式、テクニックともに広い範囲に及び、バラエティーに富んでいます。それは「体系的ペインティング」であり、アーティストの多くは、初期の頃のトールペイントの技法をしっかり習得しています。
さらに他のフォークアートの形式を加えながら、独自にそれぞれの創意工夫を凝らしています。あるものは古くからの伝統的なスタイルを追求することに専念し、歴史の存続に役立っていますし、またそれぞれの創造性を加えながらフィールドを広げ、より自由な精神でアプローチを試みている人たちもいます。それが新しい歴史の1 ページとなるに違いありません。
ペイント(絵の具)や筆は、どんどん品質が改良され、使いやすく便利で、より早く仕上げられるよう技術がどんどん向上してきています。こういった進歩がまた、これからの“歴史”の一部となっていくことでしょう。
いつの世にも変わらず言えること、それは、暮らしの中に美しくペイントされたものがあれば、たとえ自分で作ったものでなくても、誰もが彩り豊かな生活を送れる、ということです。
協力:Society of Decorative Painters, Sonja Wullschleger
作品:Peter Ompir, Peter Hunt
写真:Haruya Kikuchi